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佐賀地方裁判所 昭和51年(行ウ)3号 判決

原告 御厨龍樹

被告 佐賀税務署長

代理人 川勝隆之 宮川政俊 中山章 田中芳郎 江崎博幸 ほか三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

原告は、「被告が原告の昭和四八年度分所得税につき昭和四九年六月一八日なした更正処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人等は主文同旨の判決を求めた。

第二原告の主張

一  原告は、昭和四八年度分所得税について源泉徴収税額から還付をうけるため、昭和四九年二月二六日被告に対し、証拠書類、収支計算書、申告趣意書を添え、総所得金額一一一万八、三〇一円(内訳、利子所得一五四円、配当所得六万六、二四四円、給与所得一〇五万一、九〇三円)、還付をうけるべき税額七万二、四五七円とする確定申告をし、同年三月二八日被告から右七万二、四五七円の還付をうけた。

二  しかるに、被告は、原告の確定申告に誤りを発見したとして、昭和四九年六月一八日付で総所得金額一六一万二、六九七円(内訳、利子所得一五四円、配当所得六万六、二四四円、給与所得一五四万六、二九九円)、還付すべき税額一万一、九五七円とする更正処分をなした。

三  原告は、更正後の不足税額六万〇、五〇〇円、延滞税一、二〇〇円を納付したうえ、昭和四九年六月二七日被告に異議申立をし、更に同年一〇月二一日国税不服審判所に審査請求をしたが、前者は昭和四九年九月二五日付、後者も昭和五一年二月二八日付でそれぞれ棄却された。しかし、なお不服であるので、本訴請求に及ぶ次第である。

四  後記被告の答弁並びに主張二のうち、別表(一)の番号〈3〉の給与所得一五四万六、二九九円、従つてその後の同番号〈5〉総所得、同〈13〉課税所得、同〈14〉算出税額、同〈16〉差引所得税額における被告の主張を争い、また、被告主張の同〈17〉源泉徴収税額六万八、九一三円及び同〈18〉申告納税額マイナス(還付金)一万〇、三三七円を争うが、その余は認める。

原告主張の給与所得額一〇五万一、九〇三円は、佐賀県立高等学校教員としての収入金額二〇二万三、三八八円から、労務提供のための必要経費九七万一、四八五円を差引いたものである。右必要経費の内訳は、本件確定申告当時多数の証拠書類を集め、詳細な計算をして被告に提出したところ、被告が右証拠書類を紛失して仕舞つたので、再度これを明確にすることができない。しかし、その責任は当然被告が負うべきである。なお、右原告主張の必要経費の費目を後年度分によつて推定すれば、後記七(3)記載のとおりである。

五  同三のうち、別表(二)の番号〈2〉配当所得に対する被告主張の源泉徴収税額、同じく同〈3〉給与所得に対する源泉徴収税額、従つて同〈5〉の合計額を争うが、その余は認める。

(1)  配当所得に対する原告主張の源泉徴収税額一万一、六七〇円は、株式会社佐賀銀行ほか三社からの配当所得の証拠書類に記載されていた税額の合計であり、別表(二)に原告の主張として掲記されているとおりである。被告は、日本電気株式会社の配当金一万五、六〇〇円に対する源泉徴収税額を一五パーセントと主張するが、原告は被告に対し、同会社から一期二五パーセント、二期一五パーセントの税率により源泉徴収された証拠書類を提出し、確定申告をしたものであるから、二〇パーセントの総合課税選択となるのである。

(2)  給与所得に対する原告主張の源泉徴収税額五万八、八四〇円は、同様に別表(二)に掲記されているとおり、給与収入金額二〇二万三、三八八円に対する税額五万八、〇〇〇円と雑所得一万二、〇〇〇円の教材費に対する税額八四〇円の合計である。

(3)  右の次第であるから、源泉徴収税額の合計は、別表(二)のうち本件更正処分における七万〇、五三三円が正当である。

六  以上のとおり、原告の所得税額は別表(一)番号〈16〉の申告額五、〇七六円、源泉徴収税額は同番号〈17〉の更正額七万〇、五三三円であるから、申告納税額は差引きマイナス(還付分)六万五、四五七円である。

七  被告は、原告の給与所得が給与収入金額から所得税法二八条による給与所得控除後の金額である旨主張する。しかし、以下に述べるとおり、給与所得につき必要経費実額控除の途を封じている右所得税法二八条の規定、及び給与所得者に対し青色申告による優遇措置の選択を認めない同法一四三条の規定は、いずれも憲法一四条の法の下の平等に反するものである。

(1)  所得税法二八条の給与所得控除は、いわゆる必要経費の概算控除であると説明されているとおり、それ自体正しい必要経費ではない。そこで、原告は、前記のように証拠書類を集めて本当の必要経費を算出した。しかし、所得税法二八条が常に定額の所得控除に限り、それ以上の経費控除を認めないというのであれば、給与所得者は、個人や職種、経済情勢の変化等により変動する実際の必要経費を無視されて、一方的に課税されることになり、給与所得者以外の所得の計算と比較して不平等である。

(2)  昭和四八年度の経済情勢は、政府自ら当初の消費者物価上昇見通し五・五パーセントをのちに一三パーセントに改定しなければならなかつたほど、超物価騰貴があり、必然的に所得を得るための必要経費も上昇した。しかるに、同年度の税制は、右当初の経済見通しの下に策定されたまま改正されていないので、同年度の税制における所得税法二八条は、右物価騰貴を考慮していない点で違法である。

(3)  高等学校の理科担当教員である原告が給与収入を得るために必要な経費としては、教育の労務を提供するに要する授業の準備、後始末、教具の運搬管理、特別教育活動及び研究等のための費用、被労回復のための食糧費、家屋、自動車の減価償却費と租税、書籍代、車の修理代、保険料、写真機費用、労働組合費、担任会費、研究会費、旅費、交通費、担任生徒への香典、修繕費、消耗品代、光熱費、福利厚生費、研修費、衣服費、事故に備える準備金、家族の医療準備金、賃金不払、支給遅延に備える準備金、貯金目減りの損害準備金、災害に対する準備金等がある。そして、これらは、商業自営者等事業所得者が所得を得るための経費、各種準備金等と本質的に区別がない。従つて、給与所得につき必要経費の控除を認めていない所得税法二八条は不平等である。

(4)  事業経営者等の所得には、租税特別措置が認められていて、給与所得控除の選択、青色申告による有利な納税手段等があり、更に、(イ)、受取配当金不算入制度、(ロ)、未来費用の引当、利潤の費用化、(ハ)、経済政策目的による各種優遇制度、(ニ)、社会保険診療報酬の特例(七二パーセント控除)、(ホ)、その他輸出、技術の振興、設備の近代化、公害対策、社会開発の促進等のため種々の優遇措置制度が設けられている。そして、そのしわよせは、担税力がなく、選択制を認められていない給与所得者にあつまり、そのため昭和四八年度は、事業所得者の方は赤字になつたのに、経費の実額控除が認められず、所得控除を低額におさえられている給与所得者のみが赤字にならないという、極めて不公平な結果を招来した。

(5)  給与所得者も、租税特別措置をうけるため青色申告による納税を選ぶ権利がある、というべきである。

給与所得者は、利子所得、配当所得、譲渡所得等のような不労所得でなく、身体を用いて労務を提供しているから必要経費があり、また、死亡後家族のために備える準備金の制度、肉体の減価償却、医療、教育、老後、住宅、災害等に備える準備金を考えることができ、必要経費や各種準備金の控除を認められている事業所得等の所得と同一であるからである。

(6)  所得税法上一〇種類の所得のうち、被告が必要経費の控除が認められていないという利子所得、配当所得、退職所得、給与所得の四種類中、給与所得とそれ以外のものとの間には著しい差異がある。すなわち、利子所得と配当所得は資産にかかる所得であり、且つ分離課税を選択して累進税率の適用をうけないこともでき、また、退職所得は一時的、特殊的なものである。

これに反し、給与所得、とりわけ教育労働者の賃金収入については、前記のとおりいわゆる必要経費として、生活費並びに教育に関する固有の費用とがある。けだし、労働者の賃金は、本人が毎日健康に生活して労務を提供することの対価であるから、賃金に対応する費用はまさに生活費そのものであり、生活費を単純に所得の処分としてだけでとらえることはできないのである。

また、教育労務において創意工夫を要する部分は、教育労働者個人の研究に委ねられており、そのための労務に対する対価、或いは装備、用具も一般に使用者が負担することはなく、個人の必要経費となつている。このような費用は、当該労働者個人の収入の増加にはならないとしても、生徒の知識の向上に結びつき、引いて教育立国たる国家の収入増加となるのであり、間接的に国家収入の増加になつているということができる。

(7)  被告は、所得税法二八条の給与所得控除につき、必要経費の概算控除等四個の要素がある旨説明しているが、それらが原告の給与収入二〇二万三、三八八円に対する給与所得控除四七万七、〇八九円のなかで、どのように組み込まれているのか全く不明であり、明確性を欠くのみならず、右控除の額も、物価高騰の折、労働力の再生産、収入が失われる危険への準備金、或いは金利調整等を賄い得ない程の少額である。

すなわち、所得税法二八条の所得控除制度は、被告説明の四個の控除項目を独立させて、経費の概算控除と実額控除のいずれか選択性を保障していない点、実額経費が著しく多額の場合、法定の控除額のみを強制する結果になつている点で不合理な差別であり、憲法一四条に反するものである。

八  所得税法二八条は国民の生存権を定めた憲法二五条に違反する。

(1)  昭和四八年のように、極端な物価上昇の年には、原告のように低収入に多額の経費を要する者にとつて、低額な給与所得控除により税額を計算されると、歯止めなく増税されることになり、それによつて憲法二五条所定の生存権を奪われることになる。

つまり、所得を得るための必要経費は、個人によりまた業種、経済情勢等により変動するもので、特に経費の多くかかる者にとつては、必要経費の費目を決めておかなければ、憲法二五条所定の健康で文化的な最低限度の生活をすることができないのである。

(2)  原告の昭和四八年度給与収入二〇二万三、三八八円から必要経費九七万一、四八五円を差引くと、給与所得は一〇五万一、九〇三円である。一方、人事院の資料によれば、昭和四八年四月における標準生計費は五人家族で一ヶ月九万三、六二〇円であり、一ヶ年に換算すると一二倍の一一二万三、四四〇円であるから、同年の物価高騰を考慮せずとも、既に右原告の給与所得一〇五万一、九〇三円を越えている。すなわち、原告の場合は人事院のいう標準的な生計を維持できないということであり、このように、憲法二五条に違反するものである。

九  所得税法二八条は、憲法一三条所定の個人の尊重と公共の福祉に反する。

個人で必要経費を計算し、税額を算出すると、必然的に税額がどのように定められ、どのように苛酷なものかを知り、税金の使途についても関心を持つようにならざるを得ない。これに反し、必要経費の実額控除を認めず、特別徴収制度により租税を徴収すれば、納税者の税金への関心が弱まり、その使途への注意もなく、引いては、政治と国民が遊離し、腐敗政治、金権政治を生み、公共の福祉に反する結果となる。

この意味で、所得税法二八条は、汚職や腐敗政治をなくすための国民の税制への関心を弱体化し、一部の人々による政治の私物化を行わしめ、隠ぺい政治を行わしめているのである。そして、そのため給与所得者の大多数が税を納めるというより、税をとられているという意識をもち、そのことが給与所得者の政治へ参加の権利、申告納税方式によつて政治を公正化する幸福追求の権利を奪つている。

右の点で所得税法二八条は憲法一三条に違反する。

一〇  前に述べたとおり、原告は昭和四八年度所得税につき、苦心して必要経費の証拠資料を集め、収支計算をして確定申告をしたところ、被告は原告の申告により一旦は還付を行いながら、後で誤りに気付いたとして、本件更正処分をした。しかし、被告は、右更正処分の時点では、原告提出の証拠書類の多くを紛失し、残留する僅かの書類で処分を行つたものであり、正確性を欠くうえ、原告が異議申立、審査請求更に本件訴訟に必要なこれらの証拠書類を無視しているものである。従つて、被告が一旦還付を行つた時点での証拠書類を紛失し、そのため現に原告がそれらに基づく反論をすることができない以上、本件更正処分は無効である。

一一  原告は、本件確定申告に当り不当に所得税を免れるために不正な申告をしたものではない。ただ、被告が手違いで原告の申告に基づき還付を行つたのに過ぎない。そして、原告は被告との間で右還付金に利息を付するという契約はしていない。従つて、被告が本件更正処分に当り、原告から延滞税一、二〇〇円を徴収したのは違法である。

一二  被告は、国会で定立された法律には合憲性の推定がある旨主張する。

しかし、現実には、国会で審議される法律案の大部分が政府、行政庁提出のものであり、そのほとんどが無修正で国会を通過している。そのため、立法過程のうちでは、行政庁による立案作業が重要な意味をもつており、国会の立法機能は実質的に形骸化している。そして、この過程で民主主義を否定する、権力によるいまわしい腐敗政治が行われてきたということができるのである。昭和四八年度の所得税法は、大企業ぐるみの選挙により莫大な政治献金をうけて当選した多数の与党議員と、多国籍企業から賄賂をうけた灰色、黒色高官で構成された政府により、一部少数の利益のため立案され、成立したものであり、合憲性の推定があるといつても国民は納得しない。昭和四七年から昭和四八年にかけて、政府高官と多国籍企業とが関係を続けたとき、政府与党全体が腐敗的構造をもつていたもので、そのような政府は存在そのものが許されず、昭和四八年の税制は税制そのものが無効である。

第三被告の答弁並びに主張

一  原告の主張一ないし三については、原告が確定申告時に収支計算書や申告趣意書等を添付したとの点を否認し、その余を認める。原告は、異議申立後の昭和四九年八月五日に申告趣意書を提出したものである。

二  原告の昭和四八年度分所得税確定申告、並びに本件更正処分、及び裁決、本件訴訟における被告の主張の各内容は、別表(一)記載のとおりである。

(1)  本件更正処分における原告の給与所得一五四万六、二九九円は、原告が佐賀県立高等学校の教員として、佐賀県知事から支給された給与収入金額二〇二万三、三八八円より、所得税法二八条二、三項、昭和四八年四月七日法律第八号改正法附則三条による給与所得控除(四七万七、〇八九円)後の金額である。なお、原告は、給与収入金額から生活費等を必要経費として控除する計算をしているけれども、そのようなことを認めた法律の規定は存しない。

(2)  原告は、確定申告に当り佐賀東高等学校後援会から教材手当として支給された一万二、〇〇〇円を給与所得として申告していたが、原告と同後援会とは雇用関係がないので、右収入は雑所得になるものであり、その所得額も収入金額と必要経費が同額になるので、結局零である。

三  別表(一)における原告の源泉徴収税額の内訳は別表(二)記載のとおりである。

(1)  被告主張の配当所得の源泉徴収税額一万〇、八九〇円は、株式会社佐賀銀行外三社の各配当金に対し、それぞれ所得税法一八二条、租税特別措置法九条の規定により税率一五パーセントとして算出したものである。原告の申告額との差七八〇円は、原告が日本電気株式会社の配当金一万五、六〇〇円に対する税率を二〇パーセントと誤つた計算をしているためである。

(2)  同じく、給与所得の源泉徴収税額五万八、〇〇〇円は、原告の給与収入金額二〇二万三、三八八円に対し、所得税法一九〇条二号、昭和四八年四月七日法律第八号改正法附則別表第一に基づき算出したものである。原告の申告額との差八四〇円は、原告が前記後援会からの教材手当一万二、〇〇〇円を給与所得として、税額を計上しているためである。

四  以上のとおり、原告の昭和四八年度分所得税額は五万八、五六七円、源泉徴収税額は六万八、九一三円であるから、差引き還付金は一万〇、三三七円であるところ、右還付金額を一万一、九五七円とした本件更正処分は適法である。

五  原告は、所得税法二八条が憲法一四条、二五条に違反する無効な規定であるから、同法条に基づく本件更正処分も違法である旨主張する。

しかし、国会の審議に基づき、多数議員の賛同によつて定立された法律には合憲の推定が存在するので、違憲を主張する場合は、その者においてその違憲の根拠を主張、立証しなければならない。しかるに、この点に関する原告の主張は、違憲であることの根拠を全く明らかにしていない不十分なもので、到底排斥を免れないといわねばならないが、被告において、所得税法二八条が憲法に違反しない一応の理由を明らかにすれば、次のとおりである。

(1)  所得税法における所得の分類とその計算

所得税法上、所得は利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得、一時所得及び雑所得の一〇種に分類され、それぞれ定められた算定方法によつて各種所得の金額を計算のうえ、これを合算し(但し、退職所得及び山林所得を除く)、累進税率を適用して税額が算定されるという制度になつている。そして、右各種所得の算定方法は、それぞれの所得類型の特殊性に応じ、利子所得、退職所得が必要経費控除を認めず、給与所得については必要経費控除制度はないものの、その代りとして給与所得控除方式がとられ、その他の所得については必要経費を差引く方式がとられているのである。

(2)  給与所得の意義

所得税法二八条一項によれば、給与所得は「俸給、給料、賃金、歳費、年金、恩給及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る所得をいう。」と定められているのみであるが、その本質は、「勤労者たる地位に基づいて使用者からうける給与」(最高裁判所昭和三七年八月一〇日判決)、或いは、「雇傭又はこれに類する原因に基づき非独立的に提供される労務の対価としてうける報酬及び実質的にこれに準ずべき給付を意味する」(東京地方裁判所昭和四三年四月二五日判決)と解されている。

要するに、従属的労働関係ないし地位に基づいてなされる労務提供の対価としてうける給付を総称するものということができ、従つて、等しく人的役務の提供に対しうける給付であつても、弁護士、公認会計士、建築士その他の自由業者のように、提供される人的役務が独立性を有する場合には、給与所得でなく事業所得とされる。

(3)  給与所得の特質

このように、給与所得は、従属的関係ないし地位に基づいて、自己の労務を提供することの対価としてうける給付にほかならず、他方、使用者は、この提供される労務に対し、労務の期間や質、量に応じた給与等を支払つているのである。そして、このような非独立的な労務の提供について特に留意すべきことは、被用者は単に自己の労務の提供をすれば足り、事業所得或いは雑所得とされる請負、委任、準委任等の場合のように、労働に対する費用を自ら負担し、材料を購入し、或いは個人や第三者を雇つたりすることがないこと、従つて、一般に、給与がもつぱらその提供した労務に対応して支払われ、職場に必要な諸施設、装備、用具、備品消耗品の類もほとんどすべて使用者の負担であるということである。

なお、前記弁護士、公認会計士、建築士その他の自由業者による独立的役務の提供に対する報酬は、単なる労務の提供に対するものではなく、労務を手段として実現されるべき目的ないし事務処理に対するものであつて、その目的を実現するために必要な経費にあてられるべき性質のものが含まれているのであり、この点給与所得とは著しく相違するのである。

ところで、税法上必要経費とされる支出は、当該課税年度の収入を得るために必要な財産上の損失であつて、家事関連費、すなわち個人的消費支出と区分し難いものに属さないものでなければならず、単に職業に何らかの関係を有する支出というだけで足りないことはいうまでもない。しかして、給与所得の場合は、事業所得のように、その所得を得るために、商品の仕入額、店舗の維持費用、使用人の給料等のような収入をあげるのに直接必要な費用を要することがなく、また、費用の投下が直接収入の増加と結びつくような性質のものも格別考え難いところである。

従つて、給与所得については、事業所得等の場合と異なり、収入を得るために明白に経費を要するとは認められず、また、たとえ職務に関連して支出するような外観があつても、その支出は、当該支出に比例して収入が増加するという関係になく、経費というよりは、むしろ所得の処分ないし生計費とみるべき、いわゆる家事関連費の場合が多いのであり、しかも一般的に、右のような支出はその額が多くなるにつれ、収入との関連性が稀薄になるものである。(後記のとおり、控除制度をとる場合にも、控除額に限度を設けるのが合理的な所以である。)

(4)  給与所得控除制度の趣旨

給与所得控除制度の趣旨がいかなるものであるか、直接窺うべき規定は存しないが、税制調査会は度々の答申の中で、立法政策上給与所得控除について考慮しうる点として、〈イ〉、経費の概算控除、〈ロ〉、給与所得が本人の労働のみに依存し、本人の死亡により直ちに失われる等の不安定なことに対する考慮、〈ハ〉、給与所得の把握が相対的に容易であることに対する考慮、及び〈ニ〉、源泉徴収による早期納税に基づく金利調整に対する考慮等をあげている。

また、給与所得に関する経費を立法政策上考慮する必要があるとしても、前記のとおり、これを個々に算定して収入金額から控除することは、事の性質上極めて困難であり、結局、具体的に算定し難い他の要素と総合して、立法政策上の判断裁量に基づき画一的、概算的に控除する制度とならざるを得ないのである。

(5)  所得税法二八条の合憲性

(一) 憲法一四条は、国民に絶対的な平等を要求したものではなく、差別すべき合理的な理由なくして差別することを禁止する趣旨であるから、事柄の性質に即応して合理的と認められる差別的取扱いをすることを否定するものではない。

ところで、民主主義の下では、国民は国会における代表者を通じて、自ら国費を負担することが根本原則であつて、その総意を反映する租税立法に基づき、自主的に納税の義務を負い(憲法三〇条)、反面あらたに租税を課し又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることが必要とされている(憲法八四条)。

従つて、日本国憲法の下では、租税の創設、改廃はもとより、納税義務者、課税標準、徴税の手続等すべて法律に基づいて定められなければならないと同時に、法律の定めるところに委ねられていると解さなければならず、具体的な租税法規の定立については立法府の合目的的、立法政策的な裁量に委ねられているのである。

そして、かかる裁量事項に属する立法については、立法府がその裁量権の範囲を逸脱し、当該法的措置の著しく不合理が明白でなければ、直ちにこれを違憲無効とすることはできない、というべきである。

しかして、所得税法二八条が規定する給与所得控除制度は、前記のとおり、給与所得の特質上、所得に関する経費を個々に算定して控除することが困難であり、結局、他の具体的に算定し難い要素と総合して、立法上の判断裁量により画一的、概算的に控除する制度とせざるを得ないことによるものであるから、十分合理性を有するものである。

(二) 給与所得控除制度が憲法二五条にも違反する、との原告の主張の根拠は必ずしも明確でないが、要するに、所得税法二八条が規定する給与所得控除額が低額に過ぎるというにあるものと思料される。

しかし、そもそも憲法二五条は、国政運営の指針を宣言したにとどまり、直接個々の国民に対し具体的権利を賦与したものではない。このような国政運営の指針は、あらゆる場面で可及的に尊重されるべきであることはいうまでもないが、国政運営のうえで右趣旨をどのような方法、内容により具体化するかは、もつぱら立法府の裁量に委ねられており、このことは所得税法においても同様である。

しかるに、所得税法二八条の給与所得控除制度は、前記のとおり租税政策上の裁量に基づき、所得税の負担を求めるうえで考慮すべき事柄を総合して定めているのであるから、立法府の恣意的判断に基づくものでないことが明らかであり、憲法二五条違反の問題を生ずる余地はない。

六  次に、原告は、租税特別措置制度に言及のうえ、給与所得者にも租税特別措置を講ずべきである旨、また、給与所得者に青色申告の選択を認めていない所得税法一四三条が憲法一四条に違反する旨、更に、本件につき原告から延滞税を徴したことの違法をそれぞれ主張する。

しかし、給与所得者に租税特別措置制度上の優遇措置がとられていないからといつて、給与所得に関する所得税法の規定が違憲無効になるというものではなく、また、給与所得者に青色申告の選択権がないとしても、本件更正処分は所得税法一四三条の規定を適用して、原告の具体的な法律上の利益を侵害しているものではないのであるから、右原告の主張はひつきよう法令の効力を抽象的に争つているのに過ぎず、違憲立法審査に必要な事件性を欠くものである。

そして、更に、延滞税は本税に対する付加税に過ぎないのであつて、延滞税を徴されたことの故をもつて本税に対する本件更正処分が違法となるものではない。

第四証拠 <略>

理由

原告が昭和四八年度分所得税につき、源泉徴収税額の還付をうけるため、昭和四九年二月二六日被告に対し、総所得金額一一一万八、三〇一円(内訳、利子所得一五四円、配当所得六万六、二四四円、給与所得一〇五万一、九〇三円)、各種控除合計一〇〇万〇、四五八円差引後の課税所得一一万七、〇〇〇円、同税額一万一、七〇〇円に対する配当控除六、六二四円差引後の所得税額五、〇七六円、源泉徴収税額七万七、五三三円、還付をうくべき税額七万二、四五七円とする確定申告をし、同年三月二八日被告から同金額の還付をうけたこと、その後、被告が同年六月一八日付で、右総所得額を一六一万二、六九七円(内訳、利子所得一五四円、配当所得六万六、二四四円、給与所得一五四万六、二九九円)、各種控除合計一〇〇万〇、四五八円差引後の課税所得六一万二、〇〇〇円、同税額六万五、二〇〇円に対する配当控除六、六二四円差引後の所得税額五万八、五七六円、源泉徴収税額七万〇、五三三円、還付すべき税額一万一、九五七円とする更正処分をしたこと、原告が右更正後の不足税額六万〇、五〇〇円、延滞税一、二〇〇円を納付のうえ、同月二六日異議申立、同年一〇月二一日審査請求をし、前者につき同年九月二五日、後者につき昭和五一年二月二九日それぞれ棄却されたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。

従つて、本件では、被告が更正処分の内容として主張する別表(一)の更正額のうち番号〈3〉、原告の給与所得額一五四万六、二九九円の当否が主な争点であり、右給与所得額を前提として算出される同表の番号〈5〉総所得額、〈13〉課税所得、〈14〉算出税額、〈16〉差引所得税額等も双方の主張が喰い違うことになるけれども、その余は、番号〈17〉の源泉徴収税を除き、いずれも当事者間に争いがないのである。

なお、右給与所得額の基礎となるべき原告の佐賀県立高等学校教員としての給与収入金額が二〇二万三、三八八円であることについては、原告自らそのように主張するところであり、また、右番号〈17〉の源泉徴収税額について、原告は、確定申告における申告額に七、〇〇〇円の記入誤りがあつたことを認め、更正処分における源泉徴収額七万〇、五三三円が正当であると主張し、被告は、本件訴訟において別表(二)のとおり、これを六万八、九一三円が正しい旨主張するに至つている。

そこで、以下まずこれらの点につき判断するに、原告の給与所得については、右のとおり県立高等学校教員である原告の昭和四八年度の給与収入金額が二〇二万三、三八八円であつたことは当事者間に争いがないところ、所得税法二八条二項によれば、給与所得の金額は、その年中の収入金額から給与所得控除額を控除した残額とする旨定められており、右原告の給与収入に対する給与所得控除後の金額は、同法の昭和四八年四月七日法律第八号附則三条(昭和四八年度分給与所得の金額及び所得控除等に係る特例)により、被告主張のとおり一五四万六、二九九円(収入金額二〇二万三、三八八円に九〇パーセントを乗じて算出した金額から二七万四、七五〇円を控除して、一五四万六、二九九円であり、所得控除額は差引き四七万七、〇八九円である)と認められる。

そうだとすると、別表(二)の番号〈5〉の総所得額も同様に一六一万二、六九七円、従つて同番号〈13〉各種控除合計一〇〇万〇、四五八円差引後の課税所得六一万二、〇〇〇円で、これに対する同〈14〉の算出税額も所得税法九一条(簡易税額表)一項により六万五、二〇〇円、配当控除六、六二四円を差引き、結局所得税額は、同〈16〉における更正額並びに被告主張のとおり五万八、五七六円であるといわなければならず、そうすれば、源泉徴収税額が原告主張のように更正処分における七万〇、五三三円であるとしても、差引き申告納税額は同〈18〉の本件更正処分におけるマイナス一万一、九五七円、すなわち還付金一万一、九五七円とならざるを得ない。

しかも、右源泉徴収税額を七万〇、五三三円とする原告の主張は、別表(二)掲記のとおり、日本電気株式会社の配当金一万五、六〇〇に対する源泉徴収税額を三、一二〇円、佐賀東高等学校後援会長からの雑所得一万二、〇〇〇円に対する源泉徴収税額を八四〇円として計上したものであるが、右雑所得八四〇円の点はともかくとして、右日本電気株式会社の配当金の関係では、所得税法一八二条、改正前の租税特別措置法九条によると、配当所得にかかる源泉徴収税率は一五パーセントであるから、一万五、六〇〇円の所得に対する税額は二、三四〇円でなければならず、その限りで原告の源泉徴収税額の合計も右七万〇、五三三円より少なく、従つて還付金も少額(納付すべき税額が増加)となる筋合である。

原告は、右日本電気株式会社の配当金について、一期二五パーセント、二期一五パーセントの税率で徴収されたが、確定申告により二〇パーセントの総合課税選択となる旨主張しており、その趣旨は必ずしも判然としないけれども、改正前の租税特別措置法八条の二によれば、配当所得につきいわゆる分離課税が選択された場合の税率として、昭和四七年一二月三一日まで支払をうくべきもの二〇パーセント、昭和四八年一月一日以降支払をうくべきもの二五パーセントであることを考えると、右主張は右配当金の一部につき、前に分離課税を選択して納税した、との趣旨を含むようにみえないではない。

しかし、一旦分離課税を選択して納税ののち、後日確定申告により総合課税の選択に変更を認めた法律の規定は存しないので、いずれにせよ、右分離課税選択にかかる所得とそうでない所得との区別が明確にされない限り、総合課税の税額は勿論、源泉徴収税額も確定し難いといわざるを得ず、本件では、右原告の主張に副う何らの証拠も存しないのであるから、申告の所得をすべて総合課税選択にかかるものとする被告の主張はやむを得ないところである。

次に、原告は、所得税法二八条、一四三条が憲法一四条に違反する違憲無効の規定であり、同法条に基づいてなされた本件更正処分も違法である旨主張するところ、右違憲の主張の根拠、内容については縷々述べられていて、必ずしも明確ではないが、要するに、「給与所得についても事業所得その他の所得と同様、収入を得るための必要経費があり、その額は個人や職種、その年度の経済情勢等によつて変動するものであるのに、これを定額に押えている所得税法二八条が法の下の平等に反する」、「本件更正処分がなされた昭和四八年度は、極端な物価の高騰があり、必要経費も騰貴したのに、所得控除の引上げがなされていない」、「他の所得については租税特別措置で色々優遇措置が講ぜられているのに、給与所得についてのみそのような措置がない」、「被告は給与所得控除の根拠につき必要経費の概算控除等四つの事由を主張するが、相互の数額の区分が明確でない」、「給与所得についても実額経費による所得計算をし、所得税法一四三条による青色申告の選択を認めるべきである」等というにあるものと解せられる。

そこで判断するに、所得税法によれば、同法上所得は利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得、一時所得、雑所得の十種類に分類せられ、各所得の所得額の計算につき、利子所得は収入金額が即所得額、配当所得が収入金額から株式等取得のため要した負債の利子額を控除した額、不動産所得、事業所得、雑所得がいずれも収入金額から必要経費を控除した額、譲渡所得が収入金額から譲渡資産の取得価格と譲渡経費並びに特別控除額を控除した額、一時所得が収入金額から必要経費と特別控除額を控除した額(の二分の一)、退職所得が収入金額から退職所得控除額を控除した額(の二分の一)、給与所得が収入金額から給与所得控除額を控除した額、とそれぞれ定められていることが明らかである。

従つて、給与所得については、事業所得その他の所得と異なり、収入金額からそれを得るために要した必要経費の実額を控除する、いわゆる実額控除制度ではなく、収入金額からその多寡に応じた法定の一定額を控除して所得金額を定める、給与所得控除制度が採用されており、給与所得者の場合は、個別的な証明をなさずに、収入金額の多寡に応じた法定の控除額の控除が認められる反面、収入金額を得るために実際に要した必要経費が仮に法定の給与控除額を超過した場合でも、その額を必要経費として個別に控除する方法を選択する途は認められていないのである。

しかして、原告の昭和四八年度の給与所得金額は、前記のとおり県立高等学校教員としての給与収入二〇二万三、三八八円から所得税法二八条二項、三項及び昭和四八年法律第八号附則三条による給与所得控除後の一五四万六、二九九円と認められ、給与所得控除額は差引き四七万、七、〇八九円であるところ、原告は、この給与所得を右給与収入から必要経費九七万一、四八五円を差引いた一〇五万一、九〇三円である旨主張し、右必要経費の内訳については、確定申告当時証拠書類を添え詳細な計算をしていたが、被告が右証拠書類を紛失したので再度明確にできないとしつつ、その費目として前記原告の主張七、(3)に掲記の多数の項目を指摘し、更に同(6)記載のとおり、労働者にとつては生活費そのものが必要経費である旨主張するに至つている。

ところで、被告の主張によれば、給与所得控除制度につき立法上考慮されている点に、必要経費の概算控除その他がある、というのであり、給与所得控除には必要経費概算控除の趣旨を含むと認められるのであるが、右原告の必要経費の主張について検討するに、右のとおり原告の主張は、その総額が九七万一、四八五円であるという結論だけであつて、その内訳、具体的内容、数額等につき全く主張も立証もしておらず、単に費目として前記のような抽象的な主張をしているに過ぎないので、結局、本件については、原告が右給与収入を得るための必要経費が同収入に対応する法定の給与所得控除額四七万七、〇八九円を越えることにつき、少なくとも立証がないことに帰するといわざるを得ない。

因みに、給与所得についての必要経費については、事業所得等に関する所得税法三七条所定の「……当該総収入金額を得るため直接要した費用の額、及びその年における販売費、一般管理費その他これらの所得を生ずべき業務について生じた費用の額」、並びに会計法上のいわゆる「費用収益対応の原則」に由来する費用で、所得税法四五条所定の「家事関連経費に属さないもの」の定義に依拠せざるを得ないが、前記原告主張の各費目のうち、右の意味で必要経費に準じて考慮し得るものとしては、授業の準備、後始末、教具の運搬管理、特別教育活動及び研究等のための費用、書籍代、担任会費、研究会費、旅費、交通費、担任生徒への香典、消耗品代、研修費、或いは衣服費等のうち、個人的な趣味や教養等のための部分と明確に区別でき、職務上の必要経費と観念できる部分があるとすれば、その部分がそれに該当すると認めるべきであろうけれども、その余の費用は多くが所得税法上のいわゆる家事関連費ないし所得の処分と目さざるを得ない性質のものである。

してみると、本件の場合、必要経費の実額が法定の給与所得控除額を上廻ることにつき立証がないので、所得税法二八条を違憲、無効とする原告の主張は、その意味で具体的利益を欠くものといわねばならないが、原告は、給与所得につき法定控除制を採用し、必要経費実額控除の選択を認めない右法案が憲法一四条に違反する旨を一般的に主張しているとも解せられるので、更に検討するに、憲法三〇条によれば「国民は法律の定めるところにより納税の義務を負う」、憲法八四条によれば「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するに、法律又は法律の定める条件によることを必要とする」、とそれぞれいわゆる租税法律主義を定めているところ、これを要するに、租税の創設、改廃はもとより納税義務者、課税標準等の課税要件、租税の徴収手続等すべて法律に基づかねばならないことを規定すると同時に、それをこれら法律の定めるところに委ねたものと解さなければならない。

しかるところ、この租税法規の内容は、国の財政需用や社会、経済の構造、国民生活の状況、国民所得の分布の状況、その時代の社会、経済政策等多数の不確定要素を考量して、はじめて決定できるものであるから、いかなる内容の租税法規を定立するかは、立法府たる国会の合目的的、立法政策的裁量に委ねられているというほかはなく、従つて、具体的に定立された租税法規の内容に不均衡な点があるとしても、それが法の下の平等という基本観念の下に制度上許される合理的限界を越え、明らかに裁量権の範囲を逸脱しているというような例外的場合でない限り、政治的な当不当はともかく、直ちに違憲無効の問題を生ずることはないものと解せられる(京都地方裁判所昭和四九年五月三〇日判決)。

しかるに、本件の場合、所得税法二八条の違憲無効を主張する原告から提出された証拠は、わずかに<証拠略>、昭和四八年度における原告の所得税確定申告書のみであつて、違憲の主張の当否を判断すべき資料がほとんど存しない状況であるので、以下の説示も一般的、抽象的なものにならざるを得ないのであるが、所得税法二八条が給与所得額の算出につき給与所得控除制度を採用し、その限りで他の事業所得等との間に、所得の計算上取扱いの差異があることは前に説明したとおりであり、他方、憲法一四条の法の下の平等が民主主義の理念に照らし不合理な差別を禁止する趣旨であつて、事柄の性質に即応し合理的と考えられる差別を禁ずるものでないこともいうまでもないところである。

そこで、給与所得と事業所得等との異同について考えてみるに、事業所得は、農林業、漁業、建設製造業、卸小売業、サービス業その他対価を得て継続的に行う事業により得られる収益であるのに対し、給与所得は、「俸給、給料、賃金、歳費、年金、恩給及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る所得」のように、雇用契約またはこれに類する契約により労務の対価として雇用主から支給される給与であつて、要するに、従属的労働関係ないし地位に基づいてなされる労務提供の対価としてうける給付であることが本質的であり、等しく人的役務提供の対価であつても、自由業者のように労務の提供が独立性を有する場合には給与所得ではなく、それが継続的なものであれば事業所得に該当すると解せられる。

そして、事業所得等では、収益をあげるための作業用具、資材、商品の仕入費、店舗の維持管理費、その他所得のため直接必要な経費が所得者の負担と計算で支出されているのに対し、給与所得にあつては、理論上収入を得るための必要経費の存在を肯定できるとはいえ、右事業所得と同じ形態で経費を必要とすることがなく、収入金額も、雇用契約等に基づく労務提供の対価であることから、概ね定額であつて、経費の投下が増収と結びつくいわゆる費用収益対応の関係が認められず、また、労務の提供に必要な執務用具、通勤費、旅費等も雇用主で支弁しているのが実情であつて、例えば原告主張の衣服費のように、理論上収入のための経費部分の存在を考え得る費用についても、多くが個人的な生計のための支出も併せ兼ねていて、一般に経費と家事関連費との区別が著しく困難ないし不能の状況にあるといわざるを得ないのである。

このように、給与所得と事業所得等とでは、所得発生の環境が異なり、必要経費の意味、内容にも著しい相違がみられるところ、前記のように、被告の主張によれば、給与所得における給与所得控除の趣旨として「収入を得るための必要経費の概算控除」、「他の所得に比べて担税力に乏しい点の概算的調整」、「所得の捕捉率の格差に対する概算的調査」、「源泉徴収による早期納付の金利の概算的調整」等があつて、給与所得に関する必要経費を立法上考慮する必要があるとしても、個々に算定を認める制度が事実上困難であるため、具体的に算定し得ない他の要素を総合して、立法府の裁量判断に基づき、画一的、概算的に控除する制度とならざるを得ない、というものであり、右主張を考慮にいれると、所得税法二八条が憲法一四条の法の下の平等に反する規定であるとする原告の主張は、その根拠が十分でないといわざるを得ず、少くとも不合理であるとの点につき論証が存しないというほかはない。

原告は、昭和四八年度の物価騰貴により必要経費が高騰したのに、給与所得控除額の引上改正がなかつたこと、他の所得に租税特別措置による種々の優遇制度が認められているのに、給与所得にそのような制度がないこと、給与所得にも必要経費実費控除の選択権、所得税法一四三条の青色申告の選択を認めるべきであること等を主張しているが、前記のとおり、給与所得と事業所得等とでは、所得発生の環境、必要経費の意味、内容等に差異があつて、物価の騰貴により必要経費に変動があるとしても、両所得の経費の比較に十分な意味があるとはいい難く、従つて、特に物価変動の激しい場合、年度途中でも給与所得控除額の改正が望ましいとはいえ、その改正がなかつたからといつて、直ちに不合理な差別であるとまでは即断できないものである。また、多数の租税特別措置のなかで、今日既に合理的根拠を失つているものもないではないと考えられるが、そのことから逆に給与所得に関する法規が不合理であるということはできず、更に、給与所得控除制度をとる所得税法二八条に合理性が肯定される以上、給与所得につき、いわゆる必要経費実額控除の選択制を認めていない点も同様に解せられ、所得税法一四三条の青色申告の問題も生じないこととならざるを得ない。

次に、所得税法二八条が憲法二五条に違反する旨の原告の主張につき判断するに、右原告の主張の趣旨は、給与所得については、必要経費の実額より低い概算控除しかないために、税負担が過重になり、現に原告の場合、給与所得が人事院の標準生計費に満たない結果になつていた、というものの如くである。

憲法二五条は、いうまでもなく、国民の生存権を保障し、社会保障を国の責務として宣言した規定であるが、右生存権の内容は、国の社会的立法によりはじめて具体的に実現させるものであるところ、右憲法の趣旨を具体化した立法としては、今日既に生活保護法を基本として多数の法律が制定、施行せられているけれども、これら社会立法の分野に限らず、国政のあらゆる場面で右憲法の理念が尊重されねばならないことは、当事者双方主張のとおりである。

しかし、この点に関する原告の主張のうち、人事院の昭和四八年四月における五人家族一ヶ月の標準生計費九万三、六二〇円であるとの点については、その統計資料の趣旨や全体的な位置関係等を検討すべき資料が何も提出されていないばかりでなく、原告主張の給与収入のための必要経費九七万一、四八九円につき、その内訳の主張、立証がなく、到底採用し難いこと前に説明したとおりであり、そうすれば、原告の給与所得は、前記のとおり給与収入から法定の給与所得控除後の年額一五四万六、二九九円であつて、右原告主張の標準生計費を上廻ることが明からといわなければならない。しかして、他に所得税法二八条の規定が具体的に憲法二五条に違反する立法であることを窺わしめる証拠は存しないので、右原告の主張も採用することができない。

次に、原告は、給与所得について必要経費の実額控除を認めない所得税法二八条が、結果として、国民の税制、引いて政治への関心を弱め、国民の参政権、政治を公正化する幸福追求の権利を奪い、憲法一三条に違反する旨主張するが、所得税法二八条の給与所得控除制度の趣旨については前に検討したとおりであり、この給与所得控除制度が納税者の政治を公正化する幸福追求の権利を奪う等との右原告の主張は、それに副う何らの証拠もなく、結論との間に論理の飛躍があるといわざるを得ないもので、到底左袒し難いところである。

次に、原告は、被告が本件確定申告書に添付されていた原告の証拠書類を紛失したのち、残留するわずかの書類で本件更正処分を行つたもので、不正確であるうえ、紛失した書類による原告の反論を封ずる結果になつているので、この点で本件更正処分が無効である旨主張する。

しかし、本件更正処分については、前記のとおり、給与収入金額二〇二万三、三八八円に対する給与所得控除額四七万七、〇八九円が主たる争点であつて、右給与収入金額や給与所得控除以外の各種控除額その他は当事者間に争いがないところ、右給与所得控除については、繰り返し説明するとおり、所得税法の規定により収入金額の多寡に応じた定額に法定されているのであるから、この点につき原告から提出される証拠書類の如何を問わず、本件更正処分の効力に影響を及ぼすことはないものと考えることができる。

しかも、<証拠略>を総合すると、原告は本件確定申告書に<証拠略>を貼付して提出し、これらが現に被告の許で保存されていることを認めることができるけれども、そのほか具体的にどのような証拠書類を添付したのか、<証拠略>の結果によつても、その書類の種類、内容等が必ずしも明確でなく、<証拠略>を併せ考えると、果してそれが被告に受理されたものかどうか、疑問なきを得ないのである。

次に、原告は、被告が手違いで還付した還付金につき延滞税を徴したのが違法である旨主張するところ、被告は右延滞税額算出の根拠を明らかにしていないけれども、被告主張のとおり、延滞税は付加税であつて、付加税の故に本税に関する更正処分が違法となるものではないから、右主張は本件更正処分の取消を求める請求原因として不十分といわなければならず、また、原告は、本件の昭和四八年当時国会の立法機能が実質的に形骸化していた、また、昭和四八年当時の税制が多国籍企業から賄賂をうけた政府高官により、一部少数者の利益のため立案されたもので、税制そのものが無効である等と主張するが、原告の政治的意見の開陳としてはともかく、本件更正処分の取消を求める主張事実としてはあまりにも抽象的に過ぎ、到底採用の限りではない。

以上により、原告の本訴請求は理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中貞和 三宮康信 大原英雄)

別表(一)、(二) <略>

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